化学災害・テロへ対応する際には、災害救助の基本理念に基づいて、可能な限り多くの人命救助の追求をする必要がある。1995 年の東京地下鉄サリン事件での救助者の二次被害の経験から、安全対策・二次被害防止策が重視され、さまざまな資機材導入と訓練が行われてきた。しかし、現場で被害にあった市民をいかに数多く救命するかという観点での検討は十分になされていない可能性がある。生命危機が逼迫した被災者が時間の経過とともに生命が絶たれていく状況において、完璧な二次被害防止だけを追求した対応では被害者の救命率の向上には結びつかない可能性がある。近年の研究や先進諸外国の指針などを参考に医科学的根拠に基づいて、本邦における化学テロ発生時に対応者の安全確保に加え、「多数の救命」の観点から、効率的で現実的な現場対応の在り方を提言することを目的とした。
本提言を構成する要点を以下に示す。
- 「化学テロ被害者の救命率の向上と対応者の安全確保の両立」の重要性に関する明確なコンセプトを設定する。
- 各活動に関して時間概念の重要性を強調する。
- 避難、脱衣など可及的速やかに実施する行動を明記する 。
- 資機材に依存せずに実施可能な行為の提示など、段階的除染方法の導入などにより除染の階層化を示す。
- 通常の消防装備機能の活用の検討を促す。
- 近年の研究成果を加味して、対処に関して論理的な構築を行う。
- 自力行動できる集団と支援介入すべき集団の存在を認識して被災者に対応する体制構築をする。
- 被災者と救助者のコミュニケーションを意識した接触・誘導方法を検討する。
- 通常の一般事故災害とは異なる現場の医療の在り方に関して、将来の課題検討の必要性を明示する。
- 作為的行為である化学テロであることから、犯罪捜査の観点で警察捜査との連携の重要性を示す。